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コラム詳細

コラム

繭から生糸ができるまで 煮繭と繰糸の工程

振袖や帯に使われる正絹は、蚕がつくる繭からとった糸がもとになっています。けれども、繭がどのようにして一本の糸になるのかは、ふだんあまり目にすることがありません。この記事では、大日本蚕糸会の資料、農研機構、群馬県立日本絹の里、富岡市のページをもとに、繭から生糸をつくる「製糸」の工程を順に紹介します。

繭が生糸になるまでの工程

製糸とは何をすることか

大日本蚕糸会の資料「カイコからのおくりもの」では、繭を生糸にする作業を製糸と呼び、何個かの繭から出た糸を合わせて1本の生糸にすると説明しています。同じ資料によると、上手に取り出せれば、繭1個から1200mから1500mほどの糸がとれます。ただし、乾いたままの繭では、表面をおおうセリシンというタンパク質が糊のように働いて糸どうしがくっついており、そのまま引くとすぐに切れてしまいます。セリシンには水に溶けやすい性質があるため、お湯で煮て糸を取り出しやすくするのが製糸の出発点になります。

繭を集め、乾かし、選ぶ

日本絹の里の常設展示「シルクの川」の解説によると、養蚕農家では、蚕が繭をつくり始めてから8日ほどたったころに繭かきをして、繭を取り出します。出荷の場では選繭台で質の悪い繭が除かれ、重さを量ったうえで業者に引き渡されます。製糸工場に集まった繭は、中の蛹が羽化する前に乾燥させ、蛹を死なせてから保存し、必要に応じて糸にしていきます。大日本蚕糸会の資料の用語の解説では、繭を長く貯蔵できるよう熱風などで乾かすことを「乾繭」と呼び、乾かさないと蛹が羽化して繭に穴があき、品質が落ちると説明しています。そのうえで、生糸に向く繭だけが選ばれて次の工程に進みます。

煮繭と、糸口を探す作業

繭を煮て繭糸をほどけやすくする工程を、「煮繭(しゃけん)」と呼びます。煮た繭の表面から糸の端を見つけ出す作業は「索緒(さくちょ)」と呼ばれ、製糸工場では稲穂でつくった「みごボウキ」で繭の表面をこすります。からみついた糸口をたぐり寄せ、1本の糸にまとめる作業は「抄緒(しょうちょ)」です。

繰糸で繭糸を1本の生糸にまとめる

煮た繭から糸を引き出して生糸にする工程が「繰糸(そうし)」です。繭糸は1本では細くて切れやすいため、数本をまとめて太い1本の糸にします。日本絹の里の解説では、目的に合わせて9粒から10粒ほどの繭の糸を1本の生糸に引きそろえるとされ、いまは繭を自動で補いながら太さを調整する機械で、ほぼ全自動で糸を繰っています。糸が途中で切れたときや、1つの繭の糸を引き終えたときに新しい繭糸をつなぐことは「接緒(せっちょ)」と呼ばれます。生糸の太さはデニールという単位で表され、農研機構のページでは、9,000メートルで1グラムになる糸の太さを1デニールと説明しています。同じページによると、養蚕農家の繭からとれる繭糸は、ふつう3デニールくらいの太さです。

揚げ返しと仕上げ

小さな枠に巻き取った生糸は、大きな枠に巻き直す「揚返」を経て、ほどけないよう留めてから枠を外します。この段階の生糸の束を「綛(かせ)」といい、日本絹の里の解説によると1綛が約208g、24綛をまとめた1括が約5kgとされています。大日本蚕糸会の資料では、巻き取った生糸を乾かしながら、円すい形のコーンか、ねじった「かせ」の形に仕上げて出荷すると説明しています。

器械製糸の歩みと、繭のほかの使い道

官営の器械製糸工場だった富岡製糸場

富岡市の説明では、明治政府は生糸の品質を高めて生産を増やすため、1870年(明治3年)、自国の資本による官営の模範工場として器械製糸場を建てる方針を決めました。富岡市は、この模範工場の基本の考え方を三つ挙げています。西洋の製糸の技術を入れること、指導者に外国人を迎えること、全国から集めた工女に技術を学ばせ、学び終えた工女が出身地で器械製糸を教える役を担うことです。富岡市のページによると、富岡製糸場は、国の手で建てられた大きな器械製糸の工場で、1872年(明治5年)に主な建物ができて操業を始めました。同じく富岡市のページによれば、繭から糸を取る繰糸所は長さが約140mあり、創業のときにフランスから入れた金属製の繰糸器が300釜並んでいて、器械製糸の工場として当時は世界で最も大きな規模でした。戦後は自動繰糸機が入れられ、長く製糸工場として使われましたが、1987年(昭和62年)3月に操業を終えています。2014年には「世界遺産一覧表」に記載され、同じ年の12月に国宝に指定されたのは、繰糸所と東西の置繭所の3棟です。

製糸工場の数の移り変わり

農研機構のページによると、製糸工場の数は1959年の1,871から、2023年には7まで減りました。同じページは、2023年の時点の養蚕農家を146戸としています。

生糸にならない繭も使われる

大日本蚕糸会の資料によると、生糸に向かない繭や繭のまわりの毛羽、製糸の途中で出る糸くずも、紡いで織物用の「絹紡糸」にします。繭を煮て引き伸ばせば真綿になり、真綿を手で紡いだ糸が紬糸で、丈夫な織物になると紹介されています。

まとめ

生糸は、繭を乾かして選び、煮てセリシンをゆるめ、糸口を探してから数本の繭糸をまとめて繰り、枠に巻き直して仕上げるという工程を経てできあがります。富岡製糸場の繰糸所のように、その工程は機械とともに変わってきましたが、繭を煮てほぐし、細い繭糸を束ねるという基本は同じです。正絹の着物にふれるとき、その糸が何粒もの繭から引き出されたものだと思い浮かべると、絹の見え方が少し変わるかもしれません。

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フリエルは、群馬県高崎市で成人式の振袖レンタルを案内している店です。振袖は約200着から選べ、正絹を中心にそろえていると案内しています。振袖や小物は、気になるものを試着できるとしています。振袖レンタル&前撮りパックは、振袖のレンタルに前撮りを合わせたパックです。料金は、公式サイトの案内でご確認ください。振袖選びや前撮りのことは、公式サイトのお問い合わせ・来店予約のページから相談できます。

参考にした資料

各ページの内容は、2026年10月13日に確かめたものです。