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コラム詳細

コラム

桐生織の技法と工程 お召し織ができるまでと桐生の織物の歩み

群馬県の桐生市は、古くから織物の町として知られてきました。そこで受け継がれてきた「桐生織」は、国が指定する伝統的工芸品のひとつです。この記事では、桐生市と伝統工芸 青山スクエアのページをもとに、国の指定の内容に挙がる7つの技法と、お召し織の工程や分業の流れを中心に、桐生の織物の歩みもあわせて紹介します。

1300年をさかのぼる桐生の織物の歩み

奈良時代の記録に残る絹

桐生市のページによると、桐生の織物の起こりは、およそ1300年前の奈良時代にまでさかのぼります。市は、文献に出てくる最初の例として『続日本紀』を挙げています。それによると、上野の国では和銅6年(713年)から税の一つである調を絁で納めることになり、翌年に実際に納められました。市の年表には、天平勝宝4年(752年)に新田郡から黄色のあしぎぬ一疋を朝廷に納めたことも載っています。桐生でつくられた織物は「仁田山絹」と呼ばれ、宮中に仕えていた白瀧姫が里の人々に養蚕と機織りを伝えたという伝説も残っています。

新田義貞の旗と関ヶ原の旗絹

新田義貞が元弘3年(1333年)に鎌倉幕府を討とうと兵を挙げた際には、桐生で織った絹が幟に用いられたと伝えられています。「中黒古旗」と呼ばれるこの幟は、平成25年に復元され、新田神社へ納められています。慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いの際には、徳川家康の求めに応じて、わずか1日で旗絹2,410疋を織り上げたという話も伝わっています。青山スクエアの解説は、こうした出来事で桐生の織物は全国に名を知られるようになり、江戸時代の19世紀前半には幕府の後ろ盾も得て、金襴緞子や糸錦といった高級な織物も手がけるようになったと紹介しています。

江戸から昭和、そして国の指定へ

市の年表を追うと、桐生織の技術がどのように積み重なってきたかが見えてきます。

  • 1738年(元文3年)、京都・西陣の二人の織物師により、空引き装置の付いた高機の技術が桐生に伝わりました。
  • 1743年(寛保3年)には、西陣の職人から縮緬の製法が伝えられています。
  • 1783年(天明3年)には、水車を動力とする八丁撚糸機が考案されています。
  • 1838年(天保9年)、縞縮緬が将軍に献上され、ここから「お召」という呼び名が生まれました。
  • 1851年(嘉永4年)にはお召縮緬の仲間ができ、ひと月に12,000反のお召が生産されたと記録されています。
  • 1877年(明治10年)には、京都の荒木式ジャカードが買い入れられました。
  • 1948年(昭和23年)には、戦時中に供出した織機を取り戻すための復元計画で、3,000台余りの織機が復元されました。
  • 昭和期に相次いで建った「ノコギリ屋根」の織物工場の姿は、いまも市内に見られます。
  • 1977年(昭和52年)、伝統的工芸品「桐生織」として、当時の通商産業大臣の指定を受けました。
  • 2008年(平成20年)には、「桐生織」が地域団体商標に登録されています。

桐生市の「桐生織の各種指定・認定」のページでは、国の指定は昭和52年10月とされています。地域団体商標の対象の商品は、桐生地域に由来する製法で地元で作った織物と、その和服やネクタイです。市によると、現在の桐生は、企画やデザインから、撚糸、染め、織り、編み、刺繍、縫製まで、多くの工程の技術が集まった繊維の産地です。

伝統的工芸品「桐生織」の技法と工程

7つの技法と使う糸

桐生市によると、桐生織には7通りの織り方の技法があり、そこから多くの種類の織物が生まれています。青山スクエアに載っている伝統的工芸品の指定の内容では、その技法は、お召織、緯錦織、経錦織、風通織、浮経織、経絣紋織、綟り織です。お召織以外の6つは、いずれも模様を織り出すのに「ジャカード機」を使う決まりで、解説でもジャカードによる表現の豊かさが特長に挙げられています。使う糸として指定の内容に挙がっているのは、生糸、玉糸、真綿のつむぎ糸と、それらと同じような材質の絹糸、綿糸、麻糸、金糸、銀糸で、箔は金箔、銀箔、うるし箔などです。

代表的な「お召し織」ができるまで

青山スクエアは、代表的な技法としてお召し織の工程を紹介しています。精練と染色のあと、お召し独特のしぼを生むため、よこ糸には繊維の重さの倍ほどの糊を手作業でもみ込みます。撚糸の工程で使うのは桐生生まれの八丁撚糸機で、1メートルの糸に1500回から2000回という強いよりを加えます。織り上げた反物はお湯にひたして糊を落とし、そのときに生じる糸のよりが、布の表面の凹凸、つまり「しぼ」として現れます。最後に湯のしで幅を整え、木づちでたたいて風合いを出し、検査と補修をして仕上がります。

分業で進む13の工程

桐生市の「桐生織物の製造工程」のページでは、糸から仕上げまでを13の工程に分けて説明しています。工程ごとに分業しているため、一反が仕上がるまでに何十人もの職人が関わるといいます。図案を方眼紙の意匠紙に写し、それをもとに紋紙へ穴をあけ、ジャカードがその指示で経糸を上下させて模様を織り出す、という流れです。最近はデジタル化も進んでいて、データを直接読み込める織機には、USBやSDカードといった記録媒体で意匠のデータを渡す場合もあると紹介されています。

まとめ

桐生織は、奈良時代の記録に始まり、新田義貞の旗や関ヶ原の旗絹の話を経て、江戸時代のお召や高機、明治のジャカードと、新しい技術を取り入れながら続いてきた織物です。昭和52年には国の伝統的工芸品に指定され、7つの技法と、分業で進む多くの工程に特徴があります。同じ群馬県にある絹織物の産地の歩みを知っておくと、着物や帯の織りを見るときの手がかりが増えます。

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参考にした資料

各ページの内容は、2026年10月13日に確かめたものです。